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札幌地方裁判所 昭和49年(ワ)1118号 判決

原告 松井幸次郎

〈ほか三名〉

右原告ら訴訟代理人弁護士 藤本昭夫

被告 新生商事株式会社

右代表者代表取締役 中西三郎

右訴訟代理人弁護士 武田庄吉

同 和田壬三

主文

一  被告は、原告松井幸次郎に対し金一二、六一六、三九八円、原告合資会社丸小松井商事に対し金二〇、一三八、七八八円、原告松井愛子に対し金一、〇八一、〇〇〇円、原告長谷山美智子に対し金九〇〇、〇〇〇円ならびに右各金員に対する昭和四七年三月三日からそれぞれ支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その八を被告その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は、

(1) 原告松井幸次郎に対し、金二〇、七三六、三四四円、および内金二〇、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和四七年三月三日から完済まで年五分の割合による金員、

(2) 原告合資会社丸小松井商事に対し、金二〇、五八八、七八八円およびこれに対する昭和四七年三月三日から完済まで年五分の割合による金員、

(3) 原告松井愛子に対し、金二、〇三五、〇〇〇円およびこれに対する昭和四七年三月三日から完済まで年五分の割合による金員、

(4) 原告長谷山美智子に対し、金一、六三四、〇〇〇円およびこれに対する昭和四七年三月三日から完済まで年五分の割合による金員、

を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (火災の発生)

昭和四七年三月二日午前三時ころ、砂川市西一条南一丁目所在の被告会社砂川支店店舗(以下「本件店舗」という。)裏口付近から出火し、右店舗兼住宅(木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建二六一平方メートル)を全焼したほか、隣接する原告松井幸次郎所有の店舗兼住宅(木造亜鉛メッキ鋼板葺四階建七三三平方メートル)に延焼し、これも全焼した。(この火災を以下「本件火災」という。)

2  (火災発生原因)

本件火災は、被告会社砂川支店長の訴外増子守(以下「訴外増子」という。)が、前同月一日午後五時三〇分ころ、本件店舗裏口付近にあった屑籠代用のダンボール箱に、同日午前中使用した石炭ストーブの灰を投棄したため、灰の中の残火が紙屑類に引火し、これが付近の板壁に燃え移って火災となったものである。

3  (訴外増子の重大な過失)

本件火災は、訴外増子の重大な過失によって発生したものである。

すなわち、そもそも、紙屑類の入ったダンボール箱にストーブの灰を投棄すれば、灰の中の残火による発火の危険があることは通常人であれば誰でも容易に予見できることであるし、殊に右訴外人は、昭和四六年一二月ころから本件火災日までの間に、ダンボール箱に投棄した石炭ストーブの灰の残火で、その箱内の紙屑を発火燃焼させる事故を二度も起こしている。にもかかわらず、右訴外人は、灰の中の残火の有無を確かめ、あるいは引火の危険のない容器に投棄するなどの方法をとらず、漫然と前記行為におよんだものである。

4  (被告会社の責任原因)

訴外増子は、被告会社の砂川支店長として雇用され、被告会社の業務として前記店舗建物を管理中、その重大な過失により本件火災を発生させたものであるから、被告会社は、民法七一五条により原告らに対してその損害を賠償する義務がある。

5  (損害)

(1) 原告松井幸次郎の損害

(イ) 前記建物焼失による損害  一五、〇〇〇、〇〇〇円

前記建物の焼失当時の時価は、一五〇〇万円を下らない。

(ロ) 新建物再建資金借入利息および右借入に伴う信用保証料の支払による損害  一、七三六、三四四円

焼跡に、新しく住宅兼店舗を建築したが、二七五〇万円の建築資金を要し、そのうち、一〇〇〇万円を空知商工信用組合から借受けざるを得ず、右のとおりの支出を余儀なくされた。

(ハ) 家財道具焼失による損害    五、〇〇〇、〇〇〇円

(ニ) 慰藉料               一、〇〇〇、〇〇〇円

本件火災により親族の位牌その他種々の記念品を焼失したばかりでなく、甚大な精神的苦痛を受けた。

以上合計 二二、七三六、三四四円

(2) 原告合資会社丸小松井商事の損害

(イ) 現金焼失による損害        六一二、三一八円

(ロ) 商品焼失による損害    一三、九七六、四七〇円

(ハ) 什器備品焼失による損害  五、〇〇〇、〇〇〇円

(ニ) 休業による損害        一、〇〇〇、〇〇〇円

原告会社は、本件火災により、昭和四七年三月二日から同年七月末日まで休業を余儀なくされたが、この間月平均二〇〇、〇〇〇円を下らぬ得べかりし利益を逸出した。

以上合計 二〇、五八八、七八八円

(3) 原告松井愛子の損害

ダイヤの指輪等宝石貴金属の焼失による損害 二、〇三五、〇〇〇円

(4) 原告長谷山美智子の損害

衣類焼失による損害 一、六三四、〇〇〇円

6  原告松井幸次郎は、被告から本件火災の見舞金として一、〇〇〇、〇〇〇円訴外第一火災海上保険株式会社から保険金として一、〇〇〇、〇〇〇円をそれぞれ受領したので、これらを前記建物焼失による損害の内金の弁済として充当した。

なお、右原告は、本件火災後、アサヒ共済会から一、五〇〇、〇〇〇円、北日本月星共済会から一、二〇〇、〇〇〇円、丸栄共栄会から五〇〇、〇〇〇円それぞれ見舞金として受領したが、これらは、商法上のいわゆる損害保険金ではなく、保険代位を生ずるものではないから、右原告の損害から控除すべきではない。

7  よって被告に対し、

原告松井幸次郎は金二〇、七三六、三四四円および内金二〇、〇〇〇、〇〇〇円に対する本件火災の翌日である昭和四七年三月三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、

原告合資会社丸小松井商事は金二〇、五八八、七八八円およびこれに対する本件火災の翌日である昭和四七年三月三日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金、

原告松井愛子は金二、〇三五、〇〇〇円およびこれに対する本件火災の翌日である昭和四七年三月三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、

原告長谷山美智子は金一、六三四、〇〇〇円およびこれに対する本件火災の翌日である昭和四七年三月三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  請求原因2のうち、訴外増子が、昭和四七年三月一日午後五時三〇分ころ、本件店舗裏口付近にあった屑籠代用のダンボール箱に、同日午前中使用した石炭ストーブの灰を投棄したことは認めるが、そのことが本件火災の原因になったとの点は否認する。

訴外増子の投棄した灰から出火することは、科学的に絶対に起り得ないことである。

すなわち、訴外増子は本件灰を投棄するに際しては、デレッキでかきまわして残火のないことを確認しているし、のみならず、もし、同人の投棄した灰から出火したとすると、右投棄時から翌三月二日午前〇時四〇分頃(その頃、訴外増子、同人の妻フヨ子、訴外甲谷昭一、同中村健二の四人が右ダンボール箱のそばを通ったが、誰も何の異常も発見していない。)まで、約七時間もの間、何の異常もなかったことを如何にして説明するのか、右ダンボール箱には、紙屑等が相当捨ててあったから、もし投棄した灰に少しでも残火が残っていたのなら、もっと早く出火しているはずである。

ちなみに、被告代理人の指示に基いて訴外増子が行った実験結果によっても本件灰から出火し得るはずのないことは明らかである。

なお、出火原因としては、前記甲谷、中村の両人のいずれかが、前記日時頃、本件ダンボールのそばを通過するに際しタバコの吸がらを投棄し、これが紙屑等に引火したのではないかという疑いがある。

3  請求原因3は否認する。

前記のとおり、訴外増子は、本件灰の投棄に際し、デレッキでかきまわして残火のないことを確認しているし、またストーブを取外してから灰を投棄するまでに約九時間もおいていること、また同人は、以前から出火当日まで約半年間毎日のようにストーブの取り灰をダンボール箱に投棄していたが、今まで事故にあったことはないこと等の諸事情に鑑みれば、同人において、本件出火を容易に予見できたはずであるとはいえず、したがって同人に重過失はない。

4  請求原因4のうち、訴外増子が、被告会社の砂川支店長として雇用され、同社の業務として本件店舗を管理中であったことは認めるが、その余の事実は否認する。訴外増子が、同人の自宅のストーブの灰を棄てた行為は、被告会社の事業の執行につきなされた行為とはいえない。

5  請求原因5は不知。

6  請求原因6のうち、原告松井幸次郎がその主張のとおりの金員を受領した事実は認めるが、アサヒ共済会、北日本月星共済会、丸栄共済会からの受領金は、本件損害から控除すべきでないとの主張は争う。

三  抗弁

被告会社は、訴外増子の選任、監督につき十分注意をしていた。

四  抗弁に対する認否

知らない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実(本件火災の発生)および訴外増子が昭和四七年三月一日午後五時三〇分頃、本件店舗裏口付近にあった屑籠代用のダンボール箱に同日午前中使用した石炭ストーブの灰を投棄した事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件火災の出火原因について検討する。

1  《証拠省略》によると次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

すなわち、被告会社砂川支店は木造モルタル造りの二階建建物であり、階下が本件店舗、二階は支店長の訴外増子の住居になっていたこと、本件店舗の北側と南側は壁になっていて本件店舗への出入口は表(東)側と裏(西)側の二個所のみであり、右両出入口は、閉店後は必ず施錠することにしており、本件火災当時も施錠されていたこと、訴外増子が本件火災を最初に発見したのであるが、その当時の状況をみるに、同人は、三月二日午前一時頃就寝し、同日午前二時半頃「バリバリ」という音で目を覚まし、その音が階下の本件店舗から聞こえてきたため、煙の上ってくる階段を避けて二階窓より飛びおりてみると、本件店舗裏口のドアー付近から火がちょろちょろと出ているのを発見し、その火を消そうとして右ドアーを開けたところ(施錠されていたため手ごたえがあった。)、中は一面火の海の感で内部の状況を見ることはできず、直ちに表口にまわり、かけつけた消防署員とともに、シャッターの錠を壊して開けてみると、まだ右入口付近では火は見えなかったが、煙が充満していて中に入れる状態ではなかったことが認められる。

以上によれば、出火場所は、本件店舗内の裏口付近である(このことは当事者間に争いのない事実でもある。)ことは疑いを入れず、かつ、本件店舗の表口、裏口とも施錠されていたから、外部から侵入した者による放火の可能牲はなく、結局出火原因は、本件店舗内の裏口付近の何かに求めざるを得ない。

2  《証拠省略》によると次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

すなわち、所轄警察署により、本件火災直後行なわれた実況見分(立会人は訴外増子および店員の訴外中田彰夫)の結果によると、

(1)  本件店舗裏口の北方約三〇センチメートル、両側の壁際(別紙図面ダンボール焼残りとある位置付近)に、半燃焼の広告用紙、厚紙様のもの、石炭がら、たばこの吸がら等の堆積物があり、その下からダンボール箱底部の焼け残りが発見され、同所付近の床はコンクリートであるが、西側の壁、柱について点検すると、右ダンボールのあった付近の炭化状況は一・五を示し、これが両端に行くに従って炭化深度が浅くなっていたこと

(2)  右ダンボール焼け残りのあったすぐ北側(別紙図面参照)に、電気アイロンがあった(右アイロンは、本件火災前は同所上にあった木製の机の上に置いてあったものである。)が、北海道警察本部刑事部犯罪科学研究所物理科長田中三広の分解鑑定によると、右アイロンの内部配線に異状はなく過熱の事実は認められないこと

(3)  右同所北方(別紙図面ルンペンストーブとある位置付近)に、まだ石炭が半焼した程度のストーブが横になっていたが、特異現象は認められず、そもそも右ストーブは二階茶の間にあったもので、二階から落ちたものであること

(4)  鉄柱⑤の北方にも電気アイロンが発見されたが、右についても、前記物理科長の分解鑑定により異常は認められず、そもそも右アイロンは二階茶の間にあったもので二階から落下したものであること

(5)  鉄柱④の西南(別紙図面参照)に、ナショナル製石油ストーブとその油タンクがあったが、同所付近周辺(同所付近周辺の床はピータイルである。)には過熱による変化が認められず、そもそも、右ストーブは、三月一日午後八時頃火を消され、タンクの元栓を締められていた(前記物理科長の分解鑑定によると右タンクの元栓は完全に締まっていることが確認されている。)こと、

(6)  配電線の状況にも、何らの異常が認められないこと

(7)  本件店舗裏口北方の石炭小屋は、本件店舗裏口と接続する板壁の一部が燃焼しているだけで、他に異常は認められないこと

以上の諸事実が認められる。

3  以上、1項2項各記載の諸事実を総合して考えれば、出火地点は、本件店舗内の裏口付近に置いてあった屑籠代用のダンボール箱(以下、「本件ダンボール」という。)であり、同所より発火した火が西側壁に延焼し、本件火災に至ったものと断定せざるを得ない。

4  そこで、進んで、右ダンボール内の何が出火原因であったかについて検討する。

(1)  前記のとおり、訴外増子が、昭和四七年三月一日午後五時三〇分頃、本件ダンボールに、同日午前中使用した石炭ストーブの灰を投棄した事実は当事者間に争いがない。

(2)  《証拠省略》によると、次の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》すなわち、

(イ) 本件ダンボールはタテ約五〇センチメートル、横約一メートル、深さ約四〇センチメートル位の大きさのもので、本件店舗の屑籠代用として使われていたものであるが、訴外増子が本件灰を投棄する際は、厚紙等の屑が約半分位入っていたこと

(ロ) 同人が投棄した右灰は、右同日午前八時頃には、まだ二階の茶の間で燃えていた径一尺のストーブの灰であるが、右ストーブは、同人が同日午後〇時頃昼食のため二階に上ったときには、きちんと空気止めして煙突から取り外されていた(右ストーブの点火と取り外しは、いずれも訴外増子の妻が行ったのであるが、同人が本件火災で死亡したため、右点火と取り外しの時期の詳細はいずれも不明である。)が、そのときはまだストーブ自体が熱い状態であったこと、そして暫く時間をおいた同日午後五時三〇分頃、訴外増子は右ストーブをもって階下に降り、本件ダンボールに右ストーブを「ガバッ!」と反対にして入れ、その後灰がたたないように一寸まってからストーブを徐々に上にあげるようにして灰を投棄したこと、そして右投棄に際し、灰の中に残火があるかどうかは特に確認していないこと

(ハ) 訴外増子が、屑籠代用のダンボール箱に灰を投棄するようになったのは昭和四六年一二月頃からであるが、昭和四七年一月中旬頃と、同年二月初め頃の二回にわたり、いくらか熱のある灰を投棄した後危険を感じてダンボール箱を外に出したが、そのうち一度は、翌朝になってダンボール箱と屑類が燃焼しているのを発見したという事実を経験していること、

(3)  発火の一般的要件と本件における右要件の有無について

(イ) 《証拠省略》によると、固体可燃物が発火するまでの過程と条件を木材を例にとって説明すると次のとおりであり、右認定に反する証拠はない。すなわち、木材を加熱すると、その加熱状況に応じた早さで熱が内部に伝わり、摂氏(以下同じ。)一〇〇度位になると水分を放出して乾燥状態になり、さらに加熱が続くと木材内部の温度に相応した早さで熱分解がはじまり、その後加熱していくと、特に火種を近づけなくとも自然に発火するようになる。

この最低温度を発火点というが、これは周囲の条件如何によって変化するが、一応四〇〇度ないし四七〇度という実験値がある。ただ右着火の過程をより詳細にみると、最初に無炎着火が起こり、その状態がひろがったり、さらに加熱を加えたりすると炎を発して燃える(発炎着火)ようになるので、前記発火点は、発炎着火の温度であって、無炎着火の温度は三〇〇度ないし三四〇度位とされている。

ところで熱分解は発熱を伴うが、この熱の放熱のよくない状況があれば、加熱温度は高くなくても木松自身の温度が上り、温度が上れば熱分解は盛んになり、これが因となって長時間のうちにはついに着火するようになる。

そして木材の熱分解は、一〇〇度ないし一二〇度位で起こるので、結局、発熱が蓄積されるような条件があれば、一〇〇度ないし一二〇度位の低温であっても長時間の加熱により、着火することがありうるということになる。

ところで、本件ダンボール内にあった厚紙は、木材パルプを原料とするものと推認されるから、その発火の過程、原理等は、木材と同様に考えてさしつかえないものと思料される。

(ロ) 然るに、《証拠省略》によると次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

すなわち、所轄警察署によりなされた実験結果によると、本件と同じ径一尺のルンペンストーブを半開の状態で燃焼させると、点火後約四時間三五分後にいわゆる「オキ」の状態(ストーブ内の石炭が燃え、その後石炭が赤くなっている状態)になり、その段階でストーブを煙突より取外し下口を閉鎖してその後の残火の状況をみるに、取外後(以下示す時間は皆同じ。)三時間後には表面に灰分が多くなるが熱量は強度であり、七時間三〇分経過後には表面から火気は見られないが灰の中の温度は高温で温度計による測定は不能であり、一四時間経過後において灰の中約四センチメートルの位置で右と同様の状況であり、一七時間経過後には灰の中約九センチメートルの位置で右と同様の状態であるが外部は一部手を当て得る位の熱であり、一九時間二〇分経過後、表面的には残火の状態は全く見受けられないが、灰の中約一〇センチメートルでかつストーブの中心および左側の位置では摂氏一〇〇度を示し、二一時間経過後にも、右の左側の位置で同様摂氏一〇〇度を示し、灰の内部に熱量がなくなるのは実に取外後二二時間三〇分も経過した後である。

尤も、前示のとおり、訴外増子の妻が死亡したため、ストーブの点火および取外した時期の詳細は不明であり、したがって、同人が本件ストーブを取外したのがいわゆる「オキ」の状態であったか否かも不明であり、右実験の結果を無前提に、本件火災原因の究明の資料として用いうるわけのものではない。

ただ、右実験の結果によれば、少くとも、ストーブの表面から火気が全く見られなくなってから、一三時間三〇分という長時間経過しても、灰の内部ではなお、摂氏一〇〇度の熱量を保っている部位があることが明らかであり、このことと、前認定の本件灰の投棄の態様(「ガバッ!」と反対にして入れ、その後ストーブを徐々に上げるようにして投棄したこと、右投棄に際し残火の有無を確認していないこと)、本件ストーブは、右投棄の約九時間三〇分前には、まだ燃焼中であったこと、右投棄の約五時間三〇分前には、まだストーブ自体が熱い状態であったこと等の諸事実と合せ考えれば、本件において、前記「低温による長時間加熱出火」の要件を充足している可能性は十分あると考えられる。

(4)  被告は、本件と全く同じ条件の下に実験をした結果投棄された灰からは出火し得ない事実が証明されたと主張するが、そもそも、出火当時と全く同じ条件の再現は到底不可能(殊に、本件においては、石炭の量、点火の時期、取外しの時期等がいずれも不明であり、また厚紙等屑類の種類、量、重なり具合も再現不可能なことである。)であるのみならず、右主張に関する乙号各証によれば、被告の実験は、点火後二三時間三〇分経過し灰の火気が全くなく冷たくなっていることを確認したうえでこれを投棄しているが、これは、前認定の事実とその前提が異なり、到底採用の限りでない。

(5)  被告は、また、訴外甲谷昭一、同中村健二が三月二日午前〇時四〇分頃本件ダンボールのそばを通った際、タバコの吸がらを投棄しこれが紙屑等に引火したのではないかという疑いがある旨主張し、証人増子守は、右訴外中村らがタバコを飲むこと、したがって同人らが、くわえタバコで階段を降りたかもわからないこと、そして本件ダンボールに、その吸がらを捨てたかもわからないこと、しかし、同人らを見送るに際し、右増子が先頭にたって階段を降りたため、右のいずれの事実も確認はしていない旨供述し、あたかも被告主張の疑いを入れる余地があるかの如く証言するが、《証拠省略》によれば、訴外甲谷、同中村、訴外増子夫婦の順で階段を降りたことが認められ(る。)《証拠判断省略》

(6)  以上(1)ないし(5)の諸事実を総合して考えれば、結局、本件火災の出火原因は、本件ダンボール内に訴外増子が、まだ残り火のある灰を投棄したため、右ダンボール内の厚紙等の屑をして、いわゆる「低温による長時間加熱出火」の原理により発火せしめたことによるものであると断定することができる。

三  そこで、訴外増子に重過失が認められるか否かについて判断する。

ダンボール箱内の紙屑類の上に残火のある灰を投棄すれば、それが紙屑類に燃え移って火災を発生させる危険のあることは通常人であれば、容易に予見しうるところであるが、訴外増子は、前認定のとおり残火の有無を確かめることもなく、漫然と灰を投棄したものであり、しかも右訴外人は過去においても本件と同様な方法によってダンボール箱内の紙屑類を発火させた事故を経験している点をも合わせ考慮すると、右訴外人は、本件灰の投棄に際し、通常人が当然払うべき注意を著しく欠いたものというべきであり、同人には本件火災発生につき重過失があったものと認められる。

四  被告会社の責任

訴外増子が、被告会社の砂川支店長として雇用され、同社の業務として本件店舗を管理中であったことは当事者間に争いがない。だとすれば、訴外増子が、本件灰を、本件店舗裏口付近にあったダンボールに投棄した行為は、被告会社の事業の執行につきなされたものというべきであることは明らかである。

被告会社が、訴外増子の選任、監督につき十分注意していたことを認めるに足りる証拠はない。

よって、被告会社は本件火災により原告らに与えた損害を賠償すべきである。

五  (損害)

《証拠省略》を総合すると、原告らの損害はつぎのように認められ右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  原告松井幸次郎関係

(1)  建物焼失による損害 一〇、〇〇〇、〇〇〇円

右建物は本件火災の一五、六年前に大改築して木造亜鉛メッキ鋼板葺四階建七三三平方メートルにしたものであるが、右改築には約五、〇〇〇、〇〇〇円の費用を要しており、以後一五、六年経過しているとはいえ、右減価償却に当り、その間の貨幣価値の下落の程度を考慮すると、右建物は、焼失時においてなお一〇、〇〇〇、〇〇〇円相当の価値があったものと認められる。

(2)  再建資金借入利息、および信用保証料の支払による損害 六三一、三九八円

右原告は、焼跡に、新建物を再建するにあたり、その建築費用二七五〇万円のうち、一一〇〇万円を訴外空知商工信用組合から、信用保証協会保証の下に借入れ、右再建資金に対する利息金として一、四八七、二六〇円、信用保証料として二四九、〇八四円、合計一、七三六、三四四円を支出している事実が認められる。

しかし、右のうち、被告にその賠償を求め得るのは、焼失した建物と同程度のものを再建するに必要な借入金の利息相当分に限られるべきであり、本件焼失建物の時価は一〇〇〇万円であったから、結局原告の右損害は、六三一、三九八円の限度でのみ認められる。

(3)  家財道具焼失による損害 二、九八五、〇〇〇円

本件火災により焼失した家財道具は別表(一)記載のとおりであり、その焼失時における価値もそれぞれ同表記載のとおりと認められる。

(4)  慰藉料 一、〇〇〇、〇〇〇円

原告松井幸次郎は、本件火災により先祖の位牌、記念写真、勲章等を失ったのみならず、焼失により蒙った精神的打撃と立ち直るまでの苦労は並大抵のものでなかったろうことは容易に推認されるところであり、これを金銭をもって慰藉するとすれば、一、〇〇〇、〇〇〇円をもって相当とする。

(5)  損害の填補 二、〇〇〇、〇〇〇円

原告が被告より一、〇〇〇、〇〇〇円、火災保険金一、〇〇〇、〇〇〇円をそれぞれ受領したことは当事者間に争いがない。

なお、被告は、右原告が、アサヒ共済会等から受領した見舞金合計三、二〇〇、〇〇〇円も損害から控除すべきであると主張するが、《証拠省略》によると、右共済会等は、いずれも会員から一定の会費を積立て、被災会員に対し加入口数に応じて一定額の見舞金を贈ることを目的とする会員互助制度で、保険者代位(商法六六二条)に相当する規定ももたないから、右見舞金を、損害から控除するいわれはない。

以上損害合計 一二、六一六、三九八円

(二)  原告合資会社丸小松井商事関係

(1)  焼失した現金      六一二、三一八円

(2)  焼失した商品  一三、九七六、四七〇円

(3)  焼失した什器備品 五、〇〇〇、〇〇〇円

(4)  休業による損失     七〇〇、〇〇〇円

当時、原告会社は一年間に、一、六二九、七二八円の純利益をあげ得たこと、および同社がその主張のとおり昭和四七年三月二日から五ヶ月間にわたり休業したこと、そして右休業期間中は、一年間の中で比較的利益の多くあがる時期に当っていることがそれぞれ認められる。

右認定事実によれば、原告会社の休業による損害は七〇〇、〇〇〇円相当と認められる。

以上合計 二〇、一三八、七八八円

(三)  原告松井愛子関係

貴金属、宝石類の焼失による損害 一、〇八一、〇〇〇円

本件火災により焼失した右原告所有にかかる宝石貴金属類は別表(二)のとおりであり、それらの焼失時における価値もそれぞれ同表記載のとおり認められる。

(四)  原告長谷山美智子関係

衣類焼失による損害 九〇〇、〇〇〇円

本件火災により焼失した右原告所有の衣類は別表(三)のとおりであり、それらの焼失時における価値は合計九〇〇、〇〇〇円をもって相当とする。

六  (結論)

以上のとおりであるから、結局被告は、原告松井幸次郎に対し金一二、六一六、三九八円、原告合資会社丸小松井商事に対し金二〇、一三八、七八八円、原告松井愛子に対し金一、〇八一、〇〇〇円、原告長谷山美智子に対し金九〇〇、〇〇〇円ならびに右各金員に対する本件火災の翌日である昭和四七年三月三日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものというべく、原告らの本訴請求は右の限度でこれを認容し、その余は理由がないからいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 増山宏)

〈以下省略〉

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